AKARI


時代を超えて世界中で愛され続けるイサム・ノグチの名作照明「AKARI」。ハーマンミラーストアでは、岐阜県の職人の手によって一点一点丁寧に作られるこのAKARIを取り扱いしております。

イサム・ノグチは1904年、詩人の父、野口米次郎と作家で教師の母、レオニー・ギルモアの間に生まれます。ニューヨークのレオナルド・ダ・ヴィンチ・スクールにて彫刻を学んだ後、パリに留学、彫刻家コンスタンティン・ブランクーシのアトリエで働き、その後、北京、インド、日本などを旅します。
札幌市のモエレ沼公園や大阪万博の噴水彫刻、パリ ユネスコ本部の庭園のデザインなど、世界各国で数多くの作品を制作し、グッケンハイム美術館やニューヨーク近代美術館などの企画展へも出展。また、1986年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展にはアメリカ代表として出展しました。

イサム・ノグチと岐阜提灯の出会いは、1951年6月、平和記念公園に二つの橋を作るため広島へと向かう途中、長良川の鵜飼を見物する為に岐阜へ立ち寄ったことからはじまります。そこでノグチは岐阜提灯に関心を寄せ、提灯の制作工程や材料を理解したノグチは、その単純さと柔軟さに「ルナー彫刻」の新たな展開の可能性を予感し、さっそく次の日の晩には二つの新しい提灯のデザインを行いました。
その年の8月、アメリカに一時帰国していたノグチのもとに岐阜から4点の試作品が届けられます。その出来栄えに満足したノグチは、その年の10月にも岐阜へ行き、楕円形や円筒形、卵を半分に切ったような形など、15種類ほどの変形提灯を制作。同時にスタンドや金具の構造などにも工夫を重ね、そして、小さく折りたたんでコンパクトに収納できるという、提灯本来の特徴を持った、ワイヤースタンドによる組み立て式の小さい「あかり」を完成させました。ノグチはそれをうれしそうに封筒に入れて、畏友バックミンスター・フラーに送ったそうです。

こうして完成したAKARIについて、ノグチは以下のように語っています。

『僕は自分の作品に〈AKARI〉と名づけました。ちょうちんとは呼ばずに。
太陽の光や月の光を部屋に入れようという意味から「明かり」という言葉ができ、漢字も日と月とで出来ています。近代化した生活にとって、自然光に近い照明は憧れであり、和紙を透かしてくる明かりは、ほどよく光を分散させて部屋全体に柔らかい光を流してくれる。〈AKARI〉は光そのものが彫刻であり、陰のない彫刻作品なのです。』


ノグチは、35年をかけて、200種類以上ものさまざまな形や大きさのAKARIを生み出しました。
1950年代はじめの頃は、提灯の上下に口輪のついたものだったり、竹ヒゴの間隔が均等で目が細かいものでしたが、1963年には竹ヒゴが不規則に巻かれたDシリーズ(Dは「でたらめ」の意)が作られました。鏡もちや茄子など多種多様な形をしたNシリーズ(Nは「New」の意)が作られた頃から、バリエーション豊かな展開を見せるようになりました。更に、Pシリーズ(Pは「プレーン」の意)のように形はシンプルだが、竹ヒゴを使わず和紙を折りたたんだ際に生じるしわの陰影を美しくみせようとするAKARIが加わり、また微妙にいびつなFシリーズも制作されました。

このようにノグチは、伝統的な提灯製造の技術にのっとりさまざまな形のAKARIを作り出す一方で、竹ヒゴが生み出す線や和紙が生み出す陰影を効果的に見せようとするAKARIを作り出していきました。

ハーマンミラーオンラインストアでは、定番のDシリーズの他、様々な用途やインテリアにフィットするAKARIを取り揃えております。
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